転写開始点選択の仕組みと遺伝子機能の多面性
生物の複雑さはプロテオームの多様さに依存しますが、ある1つの生物種が持つ遺伝子の数には限りがあります。そこで、より高度な生命活動を営むためには、機能の異なる複数のタンパク質を1つの遺伝子から生み出す仕組みが必要となります。
転写開始点選択とは、1つの遺伝子内に存在する複数の転写開始点から、長さの異なるmRNA分子が転写される現象のことであり、選択的スプライシングと並んで、プロテオームの拡大に貢献しうる機構として知られています。しかしながらこれまで、プロテオームに対するインパクトは小さいと考えられていたため、その重要性は軽んじられてきました。
私たちは最近、植物の主要な光受容体であるフィトクロムが、シロイヌナズナにおいて2,000を超える遺伝子に直接働きかけそれらの転写開始点を変化させること、これに伴い約400のタンパク質の細胞内局在が光によって変化すること、そしてそれらタンパク質の細胞内局在変化が植物の様々な光環境への適応に寄与することを発見しました(Ushijima et al., Cell 2017)(図1)。
これらの発見は、転写開始点選択という現象が、転写・スプライシング・翻訳と並び、真核生物のセントラルドグマにおける新たな普遍的一過程として、プロテオームの機能的な多様化に少なからず寄与することを強く示すものであります。そして同規模の転写開始点変化は、フィトクロムシグナルに限らず、ありとあらゆるシグナルにより、真核生物において共通の分子機構で引き起こされるものである可能性が高いと考えられます。
そこで私たちは、モデル植物であるシロイヌナズナを用いて、フィトクロムによる転写開始点制御をモデルケースとしてその分子機構を解明することで、真核生物に普遍的な新規遺伝子発現制御機構を明らかにし、セントラルドグマに新たな一過程を付け加えることを目指します。その結果として近い将来、生物の教科書の書きかえが行われるものと期待されます。
また、様々な環境刺激に応じて転写開始点が変化することで、同じ1つの遺伝子から、これまで知られていた機能とは全く異なる機能を持ったタンパク質が生じるケースが、次々と明らかになってきました。そこで今後私たちは、さらに多くの遺伝子について、転写開始点の切り替えによって発揮される遺伝子機能の多面性を明らかにし、多くの遺伝子が持つ「裏の顔」を暴くことで、プロテオームの未開領域の開拓を進めます。
葉の気孔ができる仕組みの解明
植物は大気中から二酸化炭素(CO2)を吸い込み、そのCO2を基にして私達の大切な食糧となるデンプンや油を作ります。植物がCO2を吸い込むときに使う「口」に相当するのが気孔で、まさに唇のような形をしています。私達はモデル植物シロイヌナズナを用いて、この気孔がどのようなメカニズムで形成されているのかを調べています。
私達は気孔の数を調節する機能をもつ新しい生理活性ペプチドStomagenを発見しました (Sugano et al., Nature 2010)。Stomagenは45個のアミノ酸からなる小さなペプチドで、雑草から作物や樹木に至る多種多様な植物がもっている普遍的な因子です。Stomagenを植物に与えると気孔の数が増えることから、様々な植物のCO2吸収能力を上げる応用研究への発展が期待されます。
さらに私達は最近、気孔形成に影響を与える新規化合物Bubblinを発見しました (Sakai et al., Development 2017)。3,650種の低分子化合物からなるケミカルライブラリーをスクリーニングした結果、ピリジン-チアゾール化合物の一種が気孔の分布や形成パターンに影響を与えることを見出しました。私達はこの化合物をBubblinと名付け解析を行いました。
植物体にBubblinを処理すると、互いに隣接した気孔が多数形成されます(図2)。詳しい解析の結果、Bubblinは気孔前駆細胞の極性形成に影響しており、非対称分裂に異常を示すことが判明しました。植物細胞における極性形成メカニズムは未解明な部分も多く、今後Bubblinの解析によって気孔前駆細胞をモデルとした植物の細胞極性の形成をつかさどるメカニズムの解明につながることが期待されます。
図2. 気孔形成に影響を与えるStomagenとBubblin。上段は左からStomagenの立体構造,シロイヌナズナ野生株、Stomagen過剰発現株。下段は左からBubblinの構造式、シロイヌナズナ野生株、Bubblin処理株。